退去・原状回復読了 13分2026.05 更新

原状回復は 「借りた時に戻す」 ではない。
国交省ガイドラインで読む、退去費用の真実。

国民生活センターの2024年度統計によれば、賃貸住宅の退去時トラブルの相談件数は年間 約13,000件。そのうち 約7割 が原状回復費用の不当請求に関するもの。実は2020年4月施行の改正民法第621条で「通常使用による損耗・経年劣化は賃借人の原状回復義務に含まれない」と法的に明確化されました。本記事は国土交通省「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」をベースに、退去時の費用負担ルールを実例付きで整理します。

13,000
年間退去トラブル相談
70%
うち費用負担トラブル
6
壁紙の耐用年数
2020/4
改正民法施行(明文化)
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— SECTION 01

原状回復の法的定義(民法621条)

2020年4月施行の改正民法第621条で、原状回復義務の範囲が明文化されました。条文は「賃借人は、賃借物を受け取った後にこれに生じた損傷(通常の使用及び収益によって生じた賃借物の損耗並びに賃借物の経年の変化を除く)がある場合において、賃貸借が終了したときは、その損傷を原状に復する義務を負う」。

つまり 「通常使用による損耗」と「経年劣化」は原状回復義務から除外 されることが法律で明確化されたのです。それまでは国土交通省「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」(1998年初版・2011年改訂)が事実上の基準でしたが、2020年改正で 法的拘束力 を持つことになりました。

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「借りた時の状態に戻す」は誤解

原状回復 = 入居時の状態に戻すことではありません。賃借人の故意・過失・通常を超える使用による損傷のみが対象。普通に住んでいて生じる日焼け・家具の設置跡・小さな画鋲穴は賃貸人負担です。

— SECTION 02

賃借人 vs 賃貸人の負担区分(具体例)

国土交通省ガイドラインでは、損耗の原因と程度によって明確に負担区分されています。下表で代表例を整理します。

退去時の負担区分(国交省ガイドライン基準)

日常生活の範囲は賃貸人(大家)負担、故意・過失は賃借人負担。

画鋲・ピンの穴(小)大家負担
家具設置跡のへこみ大家負担
日焼けによる壁紙変色大家負担
電化製品の電気焼け大家負担
タバコのヤニ汚れ・臭い借主負担
クギ・ネジの穴借主負担
飲料こぼしの放置染み借主負担
ペットによる引っかき傷借主負担
出典: 国土交通省「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」2011年改訂版

判定の3つの基準

負担区分の判定には以下3つの基準が使われます。

  • 原因: 自然劣化なら大家、故意・過失なら借主
  • 程度: 通常使用の範囲なら大家、それを超える損傷は借主
  • 箇所: 損傷部分の交換のみ(部屋全体の張り替えは原則不可)
— SECTION 03

部位別の耐用年数表(残存価値の算定基準)

借主負担となる場合でも、耐用年数を超えた部分 は残存価値ゼロとして請求できません。例えば壁紙は6年で残存価値ゼロのため、6年住んだ部屋の壁紙交換費用は 原則100%大家負担

部位別の耐用年数(減価償却基準)

耐用年数を超えれば残存価値ゼロ、借主負担はゼロ円となる。

壁紙(クロス)6年
クッションフロア6年
畳の表替え8年
流し台10年
便器・洗面台15年
フローリング建物耐用年数
出典: 国土交通省「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」別表(2011年改訂版)
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壁紙交換費用の計算例

例: 入居3年で借主のタバコによる壁紙汚損が発生。新品交換費用50,000円の場合、耐用年数6年から減価償却で (6年-3年)/6年 × 50,000円 = 25,000円 が借主負担額。残り25,000円は大家負担。6年経過後ならゼロ円となります。

— SECTION 04

特約の有効性(最高裁判例)

契約書に「ハウスクリーニング費用は借主負担」「壁紙の張替えは借主負担」等の特約が書かれている場合の有効性。最高裁判例(2005年12月16日) では、特約が有効となる3つの要件が示されています。

01

特約の必要性と合理性

「物件価値の維持に必要」「家賃を低く抑える代わりに退去時に負担」など 合理的理由 が必要。単に「大家の利益のため」だけの特約は無効。

02

賃借人への明確な認識

契約時に 口頭または書面で具体的に説明 され、賃借人が認識した上で合意していることが必要。契約書の小さな文字の中に紛れているだけは不可。

03

賃借人の負担額の明示

「ハウスクリーニング 30,000円」のように 具体的な金額または計算方法 が明示されていること。「クリーニング費用は実費」だけでは無効と判断されることも。

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無効になりやすい特約パターン

退去時のハウスクリーニング費用は一律XX万円」型の特約は、金額が高額(家賃1〜2ヶ月分超)の場合や、説明が不十分な場合に 消費者契約法第10条 により無効と判断される判例が増加しています。

— SECTION 05

退去立会いで確認すべきこと

退去立会いは 大家・管理会社・本人 の3者で実施。室内の損傷箇所を共同確認し、原状回復費用の負担区分を協議します。立会いは平均30分〜1時間。

01

入居時写真との照合

入居時に撮影した写真を持参。「この傷は入居時からあった」と主張できる証拠に。撮ってない場合は次回引越し時には必ず実施を。

02

損傷箇所の確認順序

玄関→廊下→各部屋→水回り→ベランダの順で巡回。各損傷箇所の 大きさ・位置・原因 を一緒に確認。スマホ写真も撮影。

03

その場で署名は要注意

立会い当日に「原状回復費用XX円で同意」の書類への署名は 原則拒否。「内容を持ち帰り検討します」と伝え、後日書面で確認を要求。

04

修繕見積書の請求

請求された修繕費用について 詳細な見積書(内訳・単価・数量)の提示を要求。「一式」だけの請求は適正性が確認できず疑問。

— SECTION 06

トラブル発生時の相談窓口

不当な請求・敷金返還拒否などのトラブルが発生した場合の相談窓口。段階的にエスカレーション していくのが効果的。

01

消費生活センター(電話188)

「いやや」と覚える3桁番号。最寄りの消費生活センターにつながる。原状回復費用トラブルの相談実績豊富。無料で相談可能。

02

自治体の住宅相談窓口

都道府県・市区町村に設置されている。地域の不動産事情を踏まえた相談が可能。賃貸住宅紛争防止条例(東京都・神奈川県等)がある自治体は更に有利。

03

宅地建物取引業協会の苦情相談

大家・管理会社が宅建協会加盟業者の場合、協会経由での 第三者調停 が可能。協会の指導力で解決することも。

04

少額訴訟(60万円以下)

請求額60万円以下の場合、1回の期日で判決 が出る簡易裁判手続。印紙代1,000〜6,000円程度。弁護士不要で本人訴訟可能。

05

弁護士への依頼

請求額が60万円超で複雑な事案は弁護士相談を。法テラス なら無料相談(年収条件あり)。多くの法律事務所で初回30分5,000円程度の有料相談あり。

— SECTION 07

退去前にやるべき準備3つ

トラブル防止のため、退去日 2週間前まで にやっておくべき準備を整理します。

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準備01: 室内の徹底清掃

退去時の 清潔度 はクリーニング費用算定に影響。キッチン油汚れ・浴室カビ・トイレ汚れは徹底清掃を。市販の強力洗剤で十分。

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準備02: 入居時写真と契約書の準備

入居時写真がスマホ・PC・クラウドに残っているか確認。契約書(特約条項)も読み返して理解。賃貸借契約書・重要事項説明書を立会いに持参。

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準備03: 国交省ガイドライン PDFをスマホ保存

国土交通省「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」(PDF版・無料)を事前ダウンロード。立会い時に「ガイドラインではこう書かれています」と引用すれば、不当請求への抑止力に。

— SECTION 08

よくある質問

Q. 入居時写真を撮っていない場合は?

A. 「立証責任は請求側(大家)」が原則。大家が損傷を主張するなら大家側が証拠を出す必要があり、入居時写真がなくても賃借人不利には直接ならない。ただし次回の引越しでは必ず撮影を。

Q. 短期解約の違約金は払う必要ある?

A. 契約書に明記された違約金条項がある場合は原則有効。ただし高額(家賃3ヶ月分超等)は消費者契約法で無効になる可能性も。1〜2ヶ月分程度なら有効と判断されやすい。

Q. 鍵交換費用は誰が負担?

A. 国交省ガイドラインでは 大家負担 が原則。次の入居者のための交換だから。ただし契約書特約で「鍵交換費用は借主負担」と明記されているケースも多く、実務上は借主負担になっていることも。

Q. 敷金からの差引は法的に有効?

A. 民法622条の2で「賃貸人は、敷金を 賃料その他の債務 の弁済に充てることができる」と規定。原状回復費用に充当した残額を返還する流れは適正。ただし不当な金額の差引は無効。

Q. 退去後何日以内に敷金返還?

A. 法律上の明確な期限はないが、業界慣行では 退去後30〜45日以内。契約書に「退去後XX日以内」と書かれていればその期限内。長期間返還されない場合は催告書を内容証明郵便で送付を。

— SECTION 09

出典・データソース

  • 国土交通省「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン(再改訂版)」2011年8月
    https://www.mlit.go.jp/jutakukentiku/house/jutakukentiku_house_tk3_000020.html
  • 民法第621条・第622条の2(2020年4月施行 改正民法)
  • 消費者契約法第10条(不当条項の無効)
  • 独立行政法人国民生活センター「賃貸住宅の退去時トラブル相談データ」2024年度集計
    https://www.kokusen.go.jp/
  • 最高裁平成17年12月16日判決(特約の有効性に関する判例)
  • 東京都「賃貸住宅紛争防止条例」(2004年10月施行)

※ 本記事は国土交通省ガイドラインを中心とした一般論です。個別の契約内容・地域慣行・特約条項によって判断が異なります。具体的な紛争解決には法律専門家への相談をおすすめします。